「もし世界が明後日で終わるとしたら、明日一日お前どうする?」
「そんなことあるわけ無いだろう」
何の脈絡もなく言い出した親友に、僕は笑って即答した。
相変わらず僕の視線は僕が蹴り続けている小石だ。車道に転がらないように、かつ長い距離まで転がすというのは、なかなか至難の業だったりする。
「もし、だよ。もし」
やたら仮定の話であることをこいつは強調してくる。
確かに、僕たちが生きてる間に世界が終わるなんてことはそうそうないだろう。それならどうして起きもしないことをこいつが気にするのか僕にはよく分からなかったけど、そこまで言うならと僕は付き合ってやることにした。
相変わらず石は蹴ったままで。
「うーん……」
僕がさっきよりも真面目に考え込んだのが分かったのか、親友は急かすことなく僕の横を歩いている。
世界が終わるとしたら、か。
明日終わるんじゃなくて、明後日なのは、今日がもう後半だからなんだろうな。
ふと視界の端を電信柱が通り過ぎた。空は夕日でうっすらと赤い。
雪は降らないものの、最近めっきり冷え込んでいる。朝なんかは吐いた息が白くなるし、手はポケットに入れないとかじかんでくる。いっそのこと、雪よ降ってくれ、と思ったりするけど、ちっぽけな人間なんかの望みを空は聞いてくれない。
どうやら自分に考えるつもりが無いらしいことは、十分に良く分かった。
僕は時間を稼ぐために、問いかけ返すことにした。
「そういうお前はどうするんだよ?」
「俺か?」
この反応は、こいつ、既に考えてたな。
そうだよな、相手に聞くって事は自分の答えと比較したい、ってことだもんな。
僕の質問にこいつは両手を頭の後ろで組んで、前を向いたまま口を開いた。
「俺はやっぱ、彼女と一日過ごすかなー。学校ざぼってさ」
世界最後の日に果たして学校がしっかり運営されるのかどうかは置いておいて、そうだった。こいつには彼女がいたんだった。
二、三度なら僕も見たことがあるけど、こいつにはもったいないくらいの美人だ。まあ美人っていうか、どっちかっていうとかわいらしいって言葉が似合ってて、ストレートの黒髪を肩ぐらいまで伸ばしてた。ただ彼女は隣町の進学校に通ってるから、登下校は相変わらず僕となんだけど。
いや、それにしてもこいつの口からそんなどっかの恋愛小説でありそうな展開を聞くことになろうとは。……世の中何が起こるかわからない。
さて、相手の答えを聞いてしまったのだから、いよいよ僕も答えなくてはいけなくなった。――しかし、こいつの答えは全くもって参考にならない。
僕には彼女が居るわけでもないし、これだけはしておきたいってことも無い。最後の日なんだから、なにか特別なことをしたいなとは思うけど……何もかもが終わるのに、何かを買ったって意味が無いし。
やっぱり僕は、普段どおりに過ごして終わりを迎えるのかな。
ふと目線をあげると、太陽がいつの間に動いたのか、空が真っ赤に染まっていた。
まるで世界が終わるみたいだ……
世界の終わりがこんなにきれいな色で彩られるなら、悪くは無いなってちょっとだけ思う。
僕は小石を思いっきり蹴飛ばすと、親友の質問に答えた。
「僕なら、大切な人たちに『ありがとう』って言ってまわるかな」
「うわ、気障」
「うるせー」
確かに口に出すと気恥ずかしい内容だったけど、それが一番自分にしっくりくると思えた。
今まであまり親孝行できなかった親に感謝の気持ちを伝えるのもいいし、親友の一日デートの邪魔をしてやるのもいい。
蹴飛ばした小石はどこに行ったのか分からないけど、遠くまで転がっていればいい、と思う。